近代日本人の漫像

海軍大将77人/海軍大将77人肖像画

西郷従道 樺山資紀 伊東祐亨 井上良馨
「おいはジュウドウか。アッハッハ」。兄もリュウエイではないじゃろ。 議会にあっては蛮勇演説。軍令部にあっては邪魔者。黄海にあっては有害扱い。 雷公司令官。「海軍というところは少将という高官でも、こうも些細に点検するものかな!」 あまり知られていませんが、江華島事件を起こした雲揚艦長は井上ですし、初代GF長官も井上。
東郷平八郎 山本権兵衛 有栖川宮威仁 川村純義
誰もが知っている海軍大将。 「東郷は運の良い男で御座います。必ず勝利をもたらします」 熾仁王の弟で熾仁王がなくなった後に宮家の祭祀を継承。威仁王の死で有栖川宮家は断絶しました。 通常昇進でもなく、戦死昇進でもない、ただ一人の異例大将昇進。
柴山矢八 鮫島員規 日高壮之丞 片岡七郎
ヤハティーは海軍ブランド…だとか。東郷が斃れた場合を想定してGF長官候補にされていたとか。 日露大海戦の英雄になり損ねた男 「後進とは一体誰の事か」
上村彦之丞 伊集院五郎 出羽重遠  
上村将軍。若い頃は「上村の如きは酒が入ればケンカばかりしていた」とか。 伊集院信管で元帥獲得。それだけ下瀬火薬共々絶大な兵器という事か。 会津出身の海軍大将。勿論、同郷の柴五郎と仲良し。  

 

斎藤実 瓜生外吉 三須宗太郎 島村速雄
「昔は1週間寝なくても大丈夫だったが、今でも3日は寝なくても大丈夫だね。アッハッハ」 アナポリス兵学校卒業。夫人共々、ハイカラなお人。 三須提督は隻眼です。でも滋賀出身で何故海軍に…。 明治海軍随一の参謀。東郷の最も信頼した一人。
加藤友三郎 吉松茂太郎 藤井較一 八代六郎
ローソクさんが走る!!! この絵の意味を知りたいのならばウチの相方まで。 「加藤参謀長!バルチック艦隊は必ず対馬沖を通ります!」 海戦前に悠々と尺八を吹いた風流提督…と本人は呼ばれたくないらしい。
加藤定吉 山下源太郎 名和又八郎 村上格一
四角いお顔。加藤は旗本の出身だそうで。 「器(=艦艇)以上に器を動かす人(=教育)が大事なのである」 一体、名和はどんな功績で大将になったのか誰か教えてください。 蓄音機に興味を持ったので、レコードごとに最適な回転数を調べて記録したとか。
東伏見宮依仁 有馬良橘 山屋他人 財部彪
伏見宮邦家の第十七王子。もしかしたらハワイ国王になっていたかもしれない人。 「夫唱婦随というが、随という字はなんとなく奴隷的服従のように聞こえるので、自分は夫唱婦和という言葉を好みます」 42歳で生まれた子供は一度他人に拾って貰わないと健康に育たないという言い伝えがあったので、父親は「捨てるのが面倒だぁ、最初から他人ならイイだろう」と、こんな名前になった。 山本権兵衛のメッセンジャーマン。海相を3回もやっています。
黒井悌次郎 野間口兼雄 栃内曾次郎 伏見宮博恭
息子野間口兼知も海軍軍人。 人力車に乗っていて車と衝突、フロントガラスに突っ込んで右目を失った。 「わしの就任中でしか出来まい。是非ともやりたまえ」
鈴木貫太郎 竹下勇 小栗孝三郎 岡田啓介
「大丈夫です。私は日露戦争も226事件も大丈夫でした。其の私が一緒なのですから安心してください」 海軍の外交官。前線での功績よりも外交官としての功績が大。 初代潜水艇隊司令官。斎藤実と飲み友達で朝まで飲み明かしたという。 「なんだ岡田。お前、靴の右と左をあべこべに履いているではないか」
井出謙治      
機関学校から兵学校へ。もしそのまま機関将校になっていたら大将にはなれなかっただろうな。      

 

加藤寛治 安保清種 谷口尚真 百武三郎
「俺は8割は感情で行く男だ」 「今、三笠の12インチ弾が敵艦ボロデロに当たったぞ!!」 「世を変へて 祈り続けむ 平和の日」 谷口尚真のお友達。鈴木が負傷した後の後任侍従長。それだけ温厚な性格だったらしい。
山本英輔 大角岑生 山梨勝之進 小林躋造
山本権兵衛の甥。母ノブ手製の袴を密封。大将に任官した昭和6年に38年間を経て開封された。 大角人事。口が悪い人はゴリラ人事と呼ぶ…のか。 操艦はへたくそでも軍政畑では逸材。学習院長も歴任。 叔父は加藤友三郎、実弟は早川幹夫、妹は新見政一の女という海軍一家。
野村吉三郎 中村良三 末次信正 永野修身
現役時代より駐米大使のほうが有名。此人も隻眼。失った場所は植田謙吉・重光葵と同じ上海。 津軽の医者の息子。沖縄初の将官漢那憲和と同期で仲良し。 大蔵大臣賀屋興宣の少年時代の友達。末次少年は絵が得意だったそうだ。 海軍三顕職を独り占めしたただ一人。「真珠湾攻撃の日は休みの翌日のぐったりした日がよいと存じます」
高橋三吉 藤田尚徳 米内光政 百武源吾
「米内よ、せっかく僕の後にGF長官になれたのに大臣に異動なんてついていないな」 「同期生で誰が出世するか、其れは米内ですよ」 「米内君は面倒くさがり屋で、其のめんどうくさがりの度が少し過ぎていやせんかと思うがネ」 海軍大将百武三郎は兄、陸軍中将百武晴吉は弟。「軍人三兄弟」として知られる。
加藤隆義 長谷川清 及川古志郎 塩沢幸一
加藤友三郎の養子。実父船越衛は枢密院顧問官、実兄光之丞は外務省勤務。 台湾総督。歓迎の宴会にて美女を膝の上に抱き上げて列席者をびっくりさせたように、女性関係は中々素晴らしかった。 石川啄木と親交のある漢学者軍人。あの時期に海相をやらなければ…。 養命酒本舗の息子なので山本五十六からこう呼ばれていた。
山本五十六 嶋田繁太郎 吉田善吾 豊田貞次郎
戦記では英雄にされる山本さん。別に本人は戦艦不要と唱えたことは無いんですよ。 「そうだろうそうだろう。嶋ハンはお目出度いんだ」 小言幸兵衛。緻密な頭脳を持つ官僚型軍人。なお2月14日生まれ。 「あいつ(豊田貞次郎)は海軍を出世の踏み台にしたのだ!」 海軍には珍しい政治的軍人
豊田副武 古賀峯一 近藤信竹 高須四郎
副武とは添え物の意。本人も「もし軍人にならなければどこかへ丁稚に行かされていた」と。 「我が国の財政から見てアメリカと軍備競争したら6割以下に蹴っ飛ばされるよ。6割でいいじゃないか。強いやつにはかなわないから仲良くすることだ」 商人の町・大阪出身。一時期、GF司令長官代行で実質的GF長官だった事もある。 515事件の裁判長。其の判決は「艦艇も船乗りも其の性格の本質は復元性に有り」とする高須の人生観。
野村直邦 沢本頼雄 遠藤喜一 南雲忠一
たった八日間の海相。勿論、一番在任期間の短い海相。 長男太華生(タカオ)も次男倫生(ミチオ)も海軍士官。殊に倫生は空母信濃の乗組員。 キイチではなくヨシカズが本当の読み方。 「僕はエライ事を引き受けてしまったよ。気を強くして断ればよかったが上手く行くだろうか」
高木武雄 山県正郷 伊藤整一 塚原二四三
サイパン陥落時に東京の自宅に居た説がある。「サイパンに行って来る!」と出かけた後の行方は知れない。 正郷でセイゴウと読むらしい。 戦艦大和最後の艦隊司令長官。 隻腕の海軍大将。二四三でニシゾウと読みます。
井上成美      
最後の海軍リベラリスト。「自分は戦が下手でした」というが、軍政の大家として文句のつけようが無い。      

 

海軍中将

堀悌吉 有地十五郎 寺島健 大西瀧治郎
「重巡の1個戦隊と堀一人と一体どっちが大事だ。あれは海軍の大バカ人事だ」 有地品之允の子息。後ろから見ると猫が秋刀魚を加えたように見えるらしい。 寺島の現役時代の写真はどこかに無いかなー。 此れでよし 百万年の 仮眠かな。
上泉徳弥 市丸利之助 吉見信一(少将)  
牛鍋の鍋をひっくり返すぞ!!! 「日本海軍市丸海軍少将書をフランクリン・ルーズベルト君に致す。我今我が戦いを終るに当り、一言貴下に告ぐる所あらんとす」 「私の人生、三等人生でした」 でも戦後、医者として、船医として尽くした生涯を今、一等人生と言い換えたい。  

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